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IEYASU NEWS

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静岡県浜松市

大河ドラマ「どうする家康」トークショーandパネル展が、7月1日(土)に天竜壬生ホールで開催されました。

今月は、大河ドラマ「どうする家康」に出演されている大久保忠世役の小手伸也さんと、松平信康役の細田佳央太(かなた)さんを迎えて開催されたトークショーの内容を皆さんにお届けします。

─二俣城跡と清瀧寺を訪れてみて、どのようなことを感じましたか?
[小手伸也さん]
若殿(信康)が二俣城で自害するシーンを撮影したときのセットは、扉を開けると木々が紅葉し、紅葉(もみじ)が散り、とても美しい庭が広がっていました。今日、二俣城跡を訪れてみると、本当に紅葉(もみじ)が生えていたので、撮影時のいろいろなことを思い出し、とても感慨深い気持ちになりました。また、スタッフは実際に現場を見て、史実にならってセットを組んでいるんだということを再確認することもできました(笑)。

[細田佳央太さん]
信康が祀(まつ)られている清瀧寺は、信康のために建てられ、お寺の名前もお父さん(家康公)がつけてくれました。今日を入れて4回、信康のお墓をお参りさせていただきましたが、家康公の信康への愛情の深さを再確認することができました。

[小手伸也さん]
清瀧寺では若殿(信康)の人となりをそのまま建物にした雰囲気を感じることができました。清廉潔白な人物だったのかなと思い、やっぱり若殿役は細田くんがぴったりだったなと感じました。

─信康のことをどのように捉えていたかお聞かせください。
[細田佳央太さん]
やさしかった男の子が、戦国という時代のせいで壊れていってしまうのですが、僕は信康の感情の変化であったり、信康が持っている繊細さに寄り添えていたらいいなと思います。このような感情の持ち主が、戦国という時代に生まれた場合、やっぱりこうなってしまうよなって思います。

[小手伸也さん]
若殿(信康)は強さと弱さのどちらも得ようとし過ぎ、パーフェクトになり過ぎて結局負荷がかかってしまったと思っています。若殿の「みんなが強くなれと言ったから、僕は強くなった」というセリフがとても理解でき、印象に残っています。

─来場者の皆さんに メッセージをお願いします。
[小手伸也さん]
皆さんも家臣団の一員として、殿の行動にイライラしたり、応援したり、見守ったり、勇気づけられたりと、私たち出演者と同じ気持ちで、この先の物語を見ていただけたらと思います。

[細田佳央太さん]
撮影現場の前室には、大河ドラマ館などから、皆さんの手書きのメッセージが届けられています。そのメッセージを見て、僕も毎日頑張ることができました。これからも撮影は続くので、皆さんのパワーを届けてもらえるとうれしいです。

■人物紹介
◇大久保忠世
三河一向一揆統制で活躍するなど、家康公からの信頼は厚く、1575年に二俣城の城主となる。1590年に家康公が関東に入国した際には、相模国の小田原城を与えられる。

◇松平信康
家康公が駿府で今川氏に仕えていた頃に生まれる。9歳のときに信長公の長女・五徳と結婚。13歳で岡崎城の城主となるが、21歳のときに謀反の疑いをかけられ幽閉されていた二俣城で自害する。

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