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【連載】はままつ文化財の散歩道

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静岡県浜松市

■第20話 庭園を愛(め)でる
日本列島で初めて庭園がつくられたのは、今からおよそ一五〇〇年前の飛鳥時代。仏教などとともに大陸の最新文化のひとつとして庭づくりが伝わりました。以降、日本列島では仏教や和歌、茶の湯などの要素を取り込み、時代と文化・精神性などを象徴する日本庭園が数多くつくられました。
日本庭園には、水を豊富に使用した池泉(ちせん)庭園と、水を一切使わずに石や砂利などで山水風景を表現した枯山水(かれさんすい)庭園があります。石や土、水、植物などの自然素材を使用した日本庭園を良い状態で保ち続けるためには、絶え間のない手入れが必要です。浜松市内には、鎌倉時代から江戸時代にかけてつくられ、名勝に指定されている庭園が五件あります。池泉庭園では、北区引佐町井伊谷の龍潭寺(りょうたんじ)庭園(国名勝)、北区三ヶ日町福長の大福寺(だいふくじ)庭園、北区三ヶ日町摩訶耶の摩訶耶寺(まやかじ)庭園、北区細江町気賀の長楽寺(ちょうらくじ)庭園(いずれも県名勝)。枯山水庭園では北区引佐町金指の実相寺(じっそうじ)庭園(県名勝)です。
令和三年度には、浜松城の二の丸御殿跡の発掘調査において、人工的につくられた山(築山:つきやま)や庭園に配置された大型の石(景石:けいせき)、水を使わずに三和土(たたき)で表現された池(枯池:かれいけ)、円礫(えんれき)を敷き詰めて表現した池の岸辺(洲浜:すはま)によって構成された枯山水庭園の跡が見つかりました。この発掘調査によって、江戸時代の浜松城二の丸御殿に庭園があったことが初めて明らかになりました。この庭園は、城主とその家族などが日常生活を送る奥御殿につくられ、江戸時代の浜松城主とその家族など、限られた人々が観賞した庭園だったことが想像できます。このほか、天竜区二俣町二俣の鳥羽山城跡(国史跡)の本丸にも発掘された枯山水庭園が残っています。
日本庭園は季節の移ろいや日光の当たり方、経た時間によって異なる姿を見ることができます。庭をつくり維持する職人や鑑賞した人々の心情に思いをめぐらしながら、庭園を愛でてみてはいかがでしょうか。
(文:浜松市文化財課)

【市HP】「遺跡の発掘調査 浜松城跡」で検索
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/bunkazai/hakkutsu/hakkutsu.html
【市HP】「北区の文化財」で検索
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/bunkazai/shitei/kitaku.html

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