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【連載】はままつ文化財の散歩道

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静岡県浜松市
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■第15話 史跡公園のリノベーション
皆さんは蜆塚遺跡に行ったことはありますか?
国指定史跡である蜆塚遺跡は、佐鳴湖東側の台地上に立地している縄文時代のムラの跡です。貝塚、住居跡、墓などの遺構や、土器、石器、骨などの出土品から、当時の暮らしを知ることができる重要な遺跡であり、史跡公園として整備されています。
今回は、その蜆塚遺跡の「史跡」としての保存や活用について触れてみたいと思います。
保存の歴史は、江戸時代にさかのぼります。入野村の竹内広蔭(ひろかげ)は『変化抄(へんかしょう)』の中で、蜆塚の地名の由来である蜆(しじみ)の貝殻が肥料用として大量に持ち出されて塚が壊されているので、貝殻の持ち出しをやめるように陣屋に願い出たと記しています。当時、貝塚がどういうものかは知られていませんでしたが、地域の象徴として保護の対象だったことが分かります。
近代以降には、考古学の研究が進み、「蜆塚」が縄文時代の貝塚であることが分かってきました。そうした中、昭和三〇年(一九五五)に「蜆塚遺跡保存会」が結成されると、昭和三〇~三十三年(一九五五~一九五八)に四次にわたる発掘調査が実施されました。
その発掘調査と並行しながら、史跡としての保存整備が進められました。昭和三十二年には保存用地の買収や復元住居の建設を開始し、昭和三十三年には貝塚など遺構の硬化処理や見学施設の整備に着手、昭和三十五年(一九六〇)には出土品の収蔵庫、昭和三十九年(一九六四)には陳列館が相次いで建設されました。これら一連の事業は、国内でも先駆的な事例として注目され、他の史跡にも影響を与えています。
このような文化財保護の歴史に残る保存整備が行われてきた蜆塚遺跡ですが、これまで大きなリニューアルが行われず、近年は施設の老朽化への対応や、最新の研究成果やデジタル技術を生かした展示手法の導入などが求められています。
そのため、浜松市では蜆塚遺跡を再整備する方針を固め、昨年度には各方面からご意見をいただきながら「史跡蜆塚遺跡保存活用計画」を策定しました。
過去の保存整備をベースに、より史跡の魅力を分かりやすく伝え、縄文時代を体感できるようにしていけたらと思います。今後の蜆塚遺跡の「リノベーション」に、ぜひご注目ください。
(文:浜松市文化財課)

▼テーマ展「史跡蜆塚遺跡の過去・現在・未来」を浜松市博物館で開催中です。(~9月25日(日)まで)
【市HP】「蜆塚遺跡 過去・現在・未来」で検索

https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/hamahaku/02tenji/theme/sijimizukaiseki-kako-gennzai-mirai.html

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